ぐーたら女の覚え書き

日ごろ思うことなどの覚え書き。息子5歳と、娘3歳の育児記録やら、好きな絵本を気まぐれに紹介やら、色々です。2021年1月からアメリカサウスカロライナ 州へ駐在の帯同をしています。

4月から

ヨーヨは例の2時間半かけて行く日本語補習校に週末の1日行っている。

 

そこで宿題が出されるので、毎日毎日宿題をこなす。

 

ヨーヨは先取り学習をほぼしていないので、大変苦労している。

 

そして、私の感想。

 

全ては国語力。

それなくしては、もはや何もできない。

 

算数ですら、国語。

国語力がなければ、算数も答えにたどり着けない。

 

そして、ひらがな単体をやっっっと最近8割くらい読めるようになったヨーヨ。

 

ただ1文字ずつ読むだけでは問題が理解できない。

というか、私が読んで問いかけても、問題の主旨が理解できない。

 

これは前途多難。

大変すぎる、、、涙。

 

そんなヨーヨの横に、最近ひらがなを読むのが少しずつ出来るようになって、楽しそうに音読しているゆき氏。

 

ヨーヨ自身は本当によく頑張っていると思う。

しかし。

現実はゆき氏のような4歳から何の努力もなしにひらがな読んでるような子たちと机を並べて、年齢が達しているというだけで同じ一年生になるのだ。

 

分かってはいたが、今までとは比べ物にならないなくらいの未来への不安が押し寄せてくる。

 

しかし。

そんなこと言っていても、無情に月日は過ぎていくので、その時その時によいと思うことを積み重ねていくしかない。

 

今やっていることは、

・音韻を意識すること

・単語がまとまって見えるように反復練習

 

音韻というのは、簡単に言うと、文字がもつ言葉の音や響きみたいなことかな?と理解している。

『いちご』は『い』と『ち』と『ご』でできている。

それは多分私はあまり意識しないで習得してきたことなんだけれど、ヨーヨみたいな子は訓練しないとなかなか習得できず、そこをすっ飛ばして音読するというのは、1から10までが分からない子がいきなり足し算をやるようなことなのかなと思っている。

 

なので、、、この夏休みは↓のドリルを反復して、二学期に少しでも文章が読めるようになるというか、文字がまとまって意味を成すことを理解してくれたらいいなぁ。

https://stkotori.thebase.in/items/34749841

 

とにかく、「読み書きそろばん」でいう、『読み』をヨーヨのペースでコツコツとやろうと思う。

それでなければ、色々詰む。

 

 

昨日は2人がこどもちゃれんじに付いてくる冊子を夫に読んでもらっていた。

私が嫌いな、躾ありきの物語だが、子どもの反応はよい。

キャラクターに力がある。

たまにはそういう本もいいね!

 

そして、最近は私が読むのは決まってこちら。

私が文節ごとに読んだ後に、復唱してもらう。

寝るまでスパルタ、、、小学生がんばれ。

産後入院中のあれこれ

いや〜産後2週間は本当に体がしんどくてしんどくて震えたわ。。。

 

確実に歳をとったな、、、と大納得の産後。

 

そのうち、2泊3日は病院で過ごす。

入院期間短すぎるんだわ 涙。

 

無痛分娩できなかった私は、日本での2回の出産と何ら変わりのない状態で、3日目にシャバに放り出された。

辛すぎる。。。涙。

 

入院中の記録を、忘れないうちに。

 

3月6日8時46分に出産を終えた私は、2時間ほどLDRで休む。

 

11時くらいにLDRから一般病棟に案内される。

 

それで、案内されるやいなや、「トイレ行け」と言われる。

 

スパルタかよ(/ _ ; )

こちら、ゾンビぞ。

 

頑張ってトイレに行く。

死に物狂い。

 

ジョ氏(赤ちゃんの名前)と再会。

しかし。

身体がしんどすぎて世話できない。というか、ベッドから起き上がれない。

夫に丸投げ。

慣れない手つきで久々の新生児を迎える夫。

 

噂には聞いていた、液体ミルクを、少しだけ飲ませる。

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うむ、よく飲む。便利。

 

そうこうしてるうちに、全然美味しくなさそうな昼ごはんが運ばれてくる。

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パンとオレンジジュースと、フルーツシロップ漬けと、左上のグリッツという南部料理(とうもろこしの粉のオートミールみたいなやつ)を少し食べる。

 

家から持ってきたおにぎりを食べる。

やはり、米が一番。

 

この日は一旦夫が家に帰り、また戻ってきて泊まることになっていたので、不在の間ジョ氏を預かってもらう。

 

夫が帰ろうと準備している間に、また産後すぐに出た熱?震え?が襲ってくる。

身体がおかしい、、、。

またすぐさま解熱剤をもらって、布団に包まれながら薬が効くのを待つ。

 

少し震えが治まったところで、夫は一旦帰宅。

 

私は疲れ果てた身体を休める。

 

出産も大変だが、産後も大変。

後陣痛が辛い。

 

6時くらいに夫は戻ってきて、ジョジョを部屋に連れてきてもらう。

 

この日私が食べた夕飯はこちら。f:id:saohimco:20220331033017j:image

炭酸が飲みたくて、ジンジャーエールを頼んだが、これがすごい不味くてびっくりした。

鶏胸肉のソテーと、ポテト。

胸焼けof胸焼け。

 

右上のチキンヌードルスープは、優しい味付けで美味しかった。

 

授乳をする度に、後陣痛が痛すぎるのと、飲み方が浅くて右も左も乳首を負傷。

震える程痛い。

 

大事故の股と、新たに負傷した乳、、、泣ける。

 

しかし。痛みには寛容?なアメリカ。すぐさま痛み止めをくれるし、様々な痛み緩和アイテムがあり、日本ではなかったものをここで紹介(誰得)

 

①アイスダイパー(凍らせたオムツ)

新生児用のオムツに水を吸わせ、凍らせたアイスノン的役割のもの。

裂けて縫われた大事故のお股を冷やしてくれる優れもの!(悪露も吸収してくれた)

 

②痔対策ひえひえパット

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アイスダイパーに3枚ほど並べて使用。

薬液が浸った丸い不織布ガーゼみたいなモノが入っていて、効果の程は良く分からなかったがなんとなく使用。

 

③何でもスプレー
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トイレの後に股に噴射しろと渡された、薬液入りのコールドスプレー。

痒みや痛みに効くらしい。

これも効果の程は良く分からなかったが、少し痛みがマシになったような、、、。

 

④乳救済ラノリンクリーム
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乳が切れて痛いと訴えると、すぐさまこちらのクリームと、リプトンの紅茶ティーパックと、母乳パットを持ってきてくれた。

このクリームは日本にも売っているランシノーという会社の商品で、羊の毛のオイル?で赤ちゃんが口に含んでも大丈夫な代物。

これ塗って、水に浸したティーパックを乳に当てて、母乳パット当てて冷やせと言われた。

とりあえず、真面目な私は一度試してみたが、ビショビショになるだけで効果がなさそうだったので、後半はティーパック無視して、このクリームを塗り過ごす。

私的には退院後にこのクリームを塗って、ラップを貼っていたら、劇的に良くなっていった。

追加で購入し、10日後くらいで痛みは無くなった。

リプトンの大量のティーパックは家に持ち帰り、ティーとしていただいた。普通に美味しかった。

 

⑤MOTRIN

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モートリンという薬。鎮痛薬で、かの有名なタイレノールかモートリンか選べと言われ、おすすめを聞いたらモートリンだと言われたので、痛みが出たら飲んでいた。

どうやら、解熱作用はタイレノールより強いらしい。

退院後にこの薬がなかったら、本当寝たきりになるレベルで満身創痍だったので、助かった。

5日間くらいはヤク中かのごとく、この薬を8時間おきに飲んでいた。

 

とにかく言いたいことは、アメリカの産婦さんみなさん、お疲れ様です。

3日で退院は無理。

授乳の指導も全くない。

ヨーヨを産んだ時の産婦人科の方がまだマシなレベル(その時も授乳指導ほぼ無しで、マジで苦労した)で、完全スルー。

唯一言われたアドバイスは、

「鼻覆うと窒息するから危ないよ」

…素人かな?

いや、分からん。アメリカの人は産んだらシャーッと母乳が出るのかもしれん。

 

痛みに対する耐性ない割に、無謀な日程で退院させる謎。

日本での至れり尽くせりな産後ケアはノーベル平和賞と医学賞を受賞してもいいレベル。

 

はぁ、、、ジョ氏がアメリカ国籍を取得できるということ以外は、本当にメリットない日本人のアメリカでの出産。

果たして、アメリカで産んでよかったと思う未来はあるのだろうか、、、。

3月6日朝のこと

 

晴れて、3児の母となりました!

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産まれたばかりの我が子の何とも小さな手。

力一杯握りしめていた。

 

思えばあっという間の妊娠期間だったけど、ゆっくりとした時間がたくさんあったし、特に何もしてないけど充実した妊婦生活だったなぁ。

 

私に、こんなにも幸せで、満ち足りた時間をくださってありがとうございますという気持ち。

 

上2人の時は仕事していたし、ゆき氏の時なんかはヨーヨが大変すぎて臨月になるまでヨーヨをおんぶ紐でおんぶしたりしてたからなぁ。

 

産後のことはあまり覚えてないし。

 

その経験があってこその今。

我が家に生まれてきてくれてありがとう!

 

 

以下出産レポート。

長くなります。

 

ヨーヨもゆき氏も、予定日より4〜6日前に産まれてきたから、今回もそうだろうと勝手に思っていた。

が。

予定日1週間前の検診で子宮口は全く開いておらず。

(ヨーヨやゆき氏の時は1センチとか開いていた)

 

そんで、今か今かと待っていた産まれる時は本当に突然やってきた。

 

日曜日の朝7時過ぎからお腹がシクシクし始めて、こりゃ陣痛だなと思った頃には5分間隔くらいになっていた。

 

子ども達から熱い見送りをされ、4年前とは大違いのヨーヨの成長に胸熱。

 

急いで夫と車で15分程の病院へ向かう。

が。

保険証と免許証を忘れたことに気づく。(アホ)

 

5分くらい走ったところで、今なら戻れると思い、取りに帰る。

 

気を取り直し、病院へ。

 

入り口の目の前の車椅子スペースに駐車すると思いきや、そこには停めずに少しずらして駐車。

 

いや、今日はここ停める権利あるだろと思いながら、歩く。

 

腹まじ痛い。5分間隔で襲ってくる子宮収縮。

 

出る準備万端でーす!といったところか。

 

「Lobor and Delivery 」の表示を頼りに、車椅子で産科病棟へ。

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私は産む場所とは違う産科に通っていたため、この病院へ入るのは初めて。(糖のテストの時は違う場所だった)

 

ナースステーション的な場所で、保険証と免許証を提示。

そこで、SSN(マイナンバーカード的なもの)もないか聞かれるが、いると思ってなかったのでないと伝える。

 

その間にも何回か痛みの波が来る。

 

10分後くらいに、陣痛室かつ分娩室に案内される。

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何となく気が引き締まる。

 

というか、腹まじ痛い。

これはさっさと麻酔打ってもらって、臨戦態勢に入りたいところ。

 

とりあえず、全裸になってこれ着て!と渡された病衣?の着方が分からず、びんぼっちゃまくんみたいな感じになる。

助産師?さんに手伝ってもらう。

 

腹まじ痛い。

 

分娩台に乗り、ルート確保、、、が、しかし。朝起きてすぐだからか、全然血管が出てなくて、正中に確保される。

 

「本当はここにするの嫌なのよね〜」と言われ、咄嗟に「分かるよ!私日本で看護師してたから。ここやだよね」と謎の看護師だったアピールをしてしまう。

 

腹まじ痛い。

 

そして、もう1人いた看護師さんの兄弟が、夫の同僚と分かり、何となくいい雰囲気になる病室。

世間は狭いのぉ。

 

そんで腹まじ痛い。

 

もう8センチ開いてるよ!と助産師さんに言われる。

この助産師さん、言葉尻に必ずウィンクしてきて、言葉分からない私にも安心してほしいという気持ちが伝わってくる。

 

鼻ピアス、謎のマークの墨入っているが、優しい。(偏見)

 

しかし、腹まじ痛い。

 

で。

そうこうしている間に陣痛間隔が短くなってきてるよーな気がする、、、と思っていたら、医師登場。

 

日曜日、朝なので、多分当番の先生かと思われる。

恰幅のよい、黒人の、見るからにエネルギーに満ちた女性!

アカペラうまそう!(偏見)

あなたに全てを委ねます!という気持ちになる。

 

来てすぐ、夫と日本食レストランの話で盛り上がっている。

 

いやだから、腹まじ痛いって。

 

そうこうしていたら、股からWater的なものが出た気がした。(破水!)

 

現場の雰囲気が変わる。

 

さぁ、産むよ!みたいな雰囲気。

 

いやだから、腹まじ痛いから麻酔はよ!

と思って、「え、麻酔いつするの?」と聞いたら、

 

『Too late!!!』

 

と言われる。

 

 

がーーーん!!!

ががががーーーん!!!

 

落胆する私を後目に、何故か薄ら笑いを浮かべる夫。

 

先生に「右足持って!」と指示されており、スタッフの一員のように働く。

 

私はというと、痛過ぎて目がチカチカしてくる。

 

で、合図したら10秒いきめと言われ、2回ほどいきんだら、バッサーと赤ちゃんが出てきた!!!

 

フギャーフギャーと可愛い声で泣く我が子。

ひと安心。

 

その後もう一度軽くいきむと、胎盤がスルリと出てきた。

 

 

病院到着後、40分で分娩完了。

お疲れっした!!!

 

あぁ、今回も本当に痛かった(/ _ ; )

 

しかし。

今回も、安産であった。

 

私の大変な傷を負ったお股をチクチク縫いながら、先生から、「嫁強いな!麻酔代浮いたから、ジュエリー買ってやりなよ!」と言われた夫。「Of course!」と答えていたの、ちゃんと聞いていたからな。

 

ていうか、股縫うときも麻酔全然効いてないから、チクチクチクって感じでまじ痛かった。

そこ節約いらないから、ちゃんと痛みとってくれ。

 

結局、今回もお産の後しんみりと涙が出ることは、なかった。

 

っはー!やったぜー!っていう謎の爽快感。

 

現場の空気に飲まれていた夫、我にかえり、写真を撮り始める。

 

しかし、後で確認したら、私と赤ちゃんの初めての写真は、私の目は半開きで、ゾンビに抱かれる新生児という感じの残念な写真だった。

 

マジでなんなん!

 

夫が撮る私の写真って、いつもまじ残念な写りなんだよね。

 

はぁ、つっら。

 

分娩から少し経った時、突然悪寒がして、全身に震えが。

 

ガチガチ震えている私。

血圧も高い。

 

温まっている毛布と、飲み薬をもらう。

 

しばらくすると震えが止まり、血圧も普通に戻る。

身体が突然の変化にびっくりしている様子。

 

 

というわけで、LDRのお部屋での出来事は終わり。

 

ちなみに、、、LDRとは、陣痛(Labor)、分娩(Delivery)、回復(Recovery)の頭文字で、陣痛から産後までを同じ部屋で過ごすシステム。

 

私が今までお産した施設は、ヨーヨの時はレディースクリニック、ゆき氏の時は総合病院だったが、両方とも陣痛室と分娩室に分かれていた。

 

私の場合は陣痛室すっ飛ばして分娩台に直行なので、あまり関係ないけど、陣痛が長いほとんどの妊婦さんは、LDRの方が移動の負担がなくていいと思った。

 

けど、長いからこそ、重なった時はいくつも部屋がいるし、日本での普及は難しいのかなぁとも思う。

 

とにかく、無事に産めてよかったよかった。

 

次回は病院食の食レポにしようかな。(誰)

3児の母になる前に

39週!

赤ちゃんが下がってきていて、いよいよお産が近づいてきたなぁと思う。

 

もう準備万端、いつでもいいよ!と思い始めて早くも1週間。

頻繁にお腹が張るようになってきた。

 

すでに2回経験しているが、いつになるのかソワソワするのは毎回同じ。

 

臨月になってからの検診も、いつも通り、血圧、体重、ドップラー。

 

GBS(B型溶連菌)の検査をした日に、最後エコーをした。通算4回目。

 

今回は、指とち◯この写真をくれた。

4回のうち3回ち◯この写真をもらい、成長を比較できるパーツはこれだけw

ふむ。

 

36週の検診で2500gくらいの推定体重だった。

なので、それから3週間経っているからもう少し体重も増えているだろう。

 

2月20日から母が来てくれ、私はひたすらダラダラしている。

アメリカに来てからこんな暇でダラダラする日はなかったから、本当にありがたい。

 

私もさることながら、子どもたちがとても嬉しそうで、帰る日は一体どうなってしまうのか!と思う程の懐きぶり。

 

何かやっぱり私は核家族で育ってないからか、今の生活スタイルってすごく窮屈で、責任が重くて、色々しんどいなぁと思ったりする。

 

元々他人に頼ることが下手だから、人様に迷惑をかけないようにしないとっていう気持ちが強くて、無理してやろうと思えば出来ることは自分やってしまうから、自分で自分の首を絞めているなと思うことがよくある。

 

今全然イライラしないのは、大人が3人いて、心に余裕があるからかな。

 

同居って、大変なこともあるだろうけど、多分すごく人間を育てるのには適したスタイルなんだと思う。

 

ところで。

前回の検診で内診してもらったのだが、まだ子宮口は閉じている、とのこと。

私よりも、はじめて立ち会う夫の方がソワソワしている。

初めてお産を間近で体験するからか、「陣痛の痛みってどんな痛みなの?」とか、「自分は何すればいいの?」とか、当事者意識高い質問をされる。

 

というか、あなた二児の父よね?

今まで自分から遠いところでお産が行われて、1、2ヶ月育ってから一緒に暮らし始めるという感じだったから、全然自分事じゃなかったのがよく分かるわ。いいけど。

 

次の投稿は出産レポートになるはず。

多分私にとって最後になるお産。

どうか無事で母子共に元気でありますように。

 

 

日本語補習校のはなし

ただいま、現地校に通い始めて1年経過したヨーヨ。

 

ローマ字は頭にインプットされ、私が綴りを言えば正確に書くことができるようになった。

 

学校へは嫌がらずに行けていて、気になる仲良しのお友達もできたよう。

 

ひらがなの進捗は、ひらがな単体の読みは8割くらいできるようになった。

ただ、ひらがなの羅列が意味を成していることなどはあまり理解できてはいないようで、音読をするレベルにはまだひと山もふた山もありそう。

 

書くのは全然で、自分の下の名前をやっと書けるかなというレベル。

 

4月から日本では一年生になる。

ひらがな、カタカナ、漢字をどんどんやっていかないと、日本に帰ってからかなり厳しい状況になるなと頭を抱えている。

 

定型のお子さんたちでも、漢字は苦戦するとのことで、本当に先が思いやられる。

 

しかし。

 

進め方が分からない。

あまりこちらが躍起になっても、本人のレベルがそこまで到達していなかったら、勉強嫌いになって後々良くないと思うし、かといって全くやらなかったらどんどん英語に侵食されてしまうと思う。

 

そこで。

年長の間は見送っていた日本語補習校に入学することにした。

 

私たちが住んでいる場所から一番近くて車で1時間の場所に日本語補習校がある。

 

昨年はそこの体験入学をしたのだが、リモートであることで入学をやめてしまった。

 

貴重な家族で過ごせる土日休みにパソコンに向かってひらがなをやらせる気にはなれなかった。

 

だったら、家族で色々なところに出かけて、楽しい体験をたくさんさせてあげたいと夫と意見が一致した。

 

対面授業になったら入校しようと考えていたが、全然その気配もなく、どうしようかと思っていた。

 

そこで、家から片道2時間半弱かかる都市に日本語補習校があるのは知っていた。

しかし、毎週土曜日に、、、と考えるとあまり現実的ではないな、と思っていたが、そこも視野に入れることにした。

 

そして、1月に体験に行き、雰囲気の良さと、適度な緩さと、街がきれいで魅力的だったので、入校を決めた。(小さい日本食スーパー、日本食レストランが近くにあること、ビアードパパもある。最高)

 

片道2時間半弱は狂気の沙汰だと思うが、日本人の同年代のお友達と、勉強したり遊んだりする事ができる機会は今のヨーヨにとってとても重要だと思っての夫婦の決断。

 

私は3月に出産を控えているから、当面の間は夫に頑張ってもらうことになる。

 

夫は仕事大変な中でもちゃんと家族(というかヨーヨ)を一番に考えてくれるし、ヨーヨの成長に対して逃したらいけない(気がする)時期を何となく分かってくれていて、行動に移してくれるあたり、本当にありがたいなぁと思う。

 

ゆき氏も来年年中で、プレ幼稚部みたいな遊び場に行ける年齢なので、一緒に連れて行く。

 

2人にとっていい思い出が残るといいなぁと思う。

 

ヨーヨの傾向として、気が合う気になる存在の子ができるとその子を真似してグンと成長するので、そういう出会いもあるといいなぁ。

 

春からガラリと生活スタイルが変わりそうな我が家。

頑張り過ぎずに頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

アメリカでの妊婦検診 妊娠後期 臨月まで編

妊娠後期に入り、検診は2週間おきになった。

 

前回のブドウ糖負荷試験から年が明けて、3回の検診があり、内容は全て同じ。

 

・尿検査

・血圧測定

・体重測定

・子宮底測定

・ウルトラサウンド

 

以上。

 

本日より臨月。

もういつ生まれても大丈夫。

しかし推定体重分からず。

多分逆子ではない。

 

そして、今週末の検診は、エコーで写真撮るからね〜と多分言っていた、はず。

 

検診はあまりに簡素。

最低限のことしかやらないというスタイル。

 

待ち時間も少ないし、気楽だけど、これは多分3人目だからだと思う。

1人目だったら不安になる、、、気がする、、、。

 

悩まされていた胃痛は治まり、食欲増進。体重増加。

いよいよだなぁと感じる。

まだ赤ちゃんはめちゃくちゃよく動くので、もう少し先かな?

 

そして、2月最終週は、先生がお休みをいただきますということだった。

 

「Only one week. Super short vacation!」と。

 

アメリカ人にとって、1週間の休みはスーパーショートなバケーションらしい。

 

ふむ。

 

色々違いを感じる。

日本で正社員で働いていた時なんて、1週間の休みなんつったら、半年前から計画し、上司に確認。全員に休みますのでお願いしますをして、満を持して休むって感じだったよ。

 

今からは週一の検診へ。

いつ生まれるのかなぁ、、、ワクワク。

 

 

ヨーヨは赤ちゃん返りしまくりで、可愛い。

「ママ大好きだから、赤ちゃん生まれたらママにネックレス作るね」とか言って、ビーズセット持ってきて、出来なくて癇癪起こしてビーズぶちまけて「ママやってよ!無理!」と一人芝居していた。何なの。

 

ゆき氏はもうお姉さん風吹かせて張り切っている。

「赤ちゃんのお世話ゆきちゃんがするから、ママは横になってていいからね!」と。

ありがたや〜。

 

 

こうして、それぞれが新しい家族を迎える準備をしている今。

 

ゆき氏を産んだ時は記憶ないくらいてんやわんやだったから、今こうして出産準備をしながら、すごいありがたい時間を過ごせているなと感じる。

 

しかし。夫だけは今めちゃくちゃ仕事忙しくて、タイミングよく?出産が重なり、瀕死フラグ立ってますw

 

今まで2回は里帰りしていたから、今の時期は独身生活謳歌できる最高の時!この世の春!って感じで、喜びがダダ漏れだったが、そうは問屋が卸さないぜ。

 

今回はしっかり働いてもらうぜ。(鬼)

 

最近、2人がハマった絵本。

1日一章ずつ読んで、1週間くらいかけて読んだのだけど、続きをとても楽しみにしているのが伝わってきて、ロングセラーさすが、と思った。

シリーズあと2冊、一時帰国の時に買おうかなと思う。

 

 

昨日の絵本

 

赤ちゃん返りというか、赤ちゃん?と思えてきた。

これは忘れた頃に持ってくる、ゆき氏のお気に入り。

読むたびにこのお母さんはアップルパイ作りながら、子どもの見え透いたかくれんぼに付き合っていて偉いなぁと思う。

そんなお母さんを見習えというのがゆき氏の狙いなのだろうか、、、笑。

 

最近寝る前の読み聞かせの体勢がしんどくて、私が選ぶ絵本はすぐに読める絵本になりつつある、、、。いいのか、私。

 

あけました!

 

2022年の到来!

 

2021年は色々あったなぁ。。。

1月4日で、アメリカに来て1年が経った。

 

あっという間に過ぎた。

 

とりあえず、1年以上離れ離れで暮らしていた家族がまた一緒に暮らせるようになって、私はとても嬉しかった。

 

ヨーヨもゆき氏も今はわりとアメリカでの生活に慣れてきて、幼稚園やキンダーで仲良しのお友達もいるみたい。

 

改めて子どもの順応する力ってすごいなぁと思った。

 

私は、といえば、特にこれと言って成長したこととかはないけど、日々安全に暮らして、主婦業を淡々とこなすことはまぁできたな。(目標低い)

 

私と娘はコロナに感染して、しんどいときもあったが、まぁ振り返ってみれば大したことではなかった。

 

なので、ヨシ。

 

今年は出産という大仕事が控えているので、とにかく母子無事にそれを終えることが目標。

 

最近は妊娠後期の体の不調が目立ってきた。

 

・腰痛

・胸焼け

・お腹の張り

 

いよいよだなぁと思う。

 

産前から母が手伝いに来てくれる!

本当にありがたい(T_T)

 

海外からの帰国者は肩身の狭い思いで入国しなければならない今日この頃。

 

水際対策と言われて、めちゃくちゃ煩雑な手続きを踏んで、陰性証明を高い金出して出して飛行機に乗るのだけど、日本にいる人からはバイ菌扱い笑笑。

 

保健所からの連絡に応答がない人は、厚生労働省のHPで氏名、どこからの帰国者か、晒されていますw怖。

 

そこまでしているのに、結局国内で陽性者爆増ている謎。

 

いい加減、コロナとの共存を受け入れてほしいものだ。

 

オミクロン株なんかはもはや日本人にとってはただの風邪。

コロナウィルスも生きるのに必死で、弱毒化。

かかって死ぬ方が難しいウィルスへと変貌。。。

 

ただでさえ謎に大変な日本への入国。

それなのに来てくれる母に本当に感謝。

 

去年一緒に暮らして遅すぎる反抗期で喧嘩ばっかりして、めちゃくちゃ文句言ってたのを少し反省する。(大いに反省しろ)

 

将来我が子たちが同じことになったら、私も同じようにしてあげたいなと思う。

(何の決意)

 

 

ところで。

日本では金曜ロードショーで「千と千尋の神隠し」をやっていたんだね!

 

この映画は私にとって思い出深い映画。

 

この映画が公開されていた時、高校生だった私は、おばあちゃんと一緒に、近くの映画館にレイトショーで見に行き、その日は2001年9月11日だった。

 

映画を見終わって家に帰ってニュースを見ていたら、生中継の中、貿易センタービルに2機目の飛行機が突っ込んだのを見て、息をのんだ思い出。

 

忘れられない日。

 

その一緒に観に行ったおばあちゃんは、昨年の8月に亡くなってしまった。

 

私が産まれてから、認知症が酷くなり施設に入るまで、一緒に住んでいた(というかはなれに住んでいた)おばあちゃん。

 

私が年寄り大好きになったのは、このおじいちゃんおばあちゃんが身近にいて、私のお世話をずっとしてくれていたからだと思う。

 

私はアメリカにいるから、看取ることも、葬儀に出ることも叶わなかった。

 

私が浪人生の時に、くも膜下出血で倒れたおばあちゃん。

通っていたスイミング中に発症して、それから我が家は色々な面で生活が一変した。

私の人生でこの出来事がかなりのインパクトを与えた。

昨日と同じ今日がくる保証なんてどこにもない事を身をもって経験した。

本当に助かってほしくて、誰にか分からないけど祈りながらお風呂で泣いていた。

 

おばあちゃんが亡くなった知らせを受けた時、思い出したのが「千と千尋の神隠し」を見に行った時のことと、おばあちゃんが倒れた日にお風呂で泣いたことだった。

 

まだ実感がわかないんだけど、親族が選んだ遺影は15年くらい前の詐欺写真で、認知症が酷くなってからの男か女かもはや判別不能みたいな写真じゃなくてよかった、とホッとした。

 

イカラで可愛くて、賢いおばあちゃんだった。

 

私がはじめて行った海外旅行は、高校の卒業の時におばあちゃんが連れて行ってくれたハワイ。

あの時なんでおばあちゃんがあんなにハワイに行きたがったのか謎だったけど、その数ヶ月後にに病気で倒れたから、あのタイミングで行けたことは本当に良かったなと思う。

 

千と千尋から、何の話!

 

とにかく、2021年はアメリカの住人になったり、おばあちゃんが亡くなったり、色々あった1年だった。(雑)

 

今日ある平穏が、明日もあるとは限らない事を教えてくれたおばあちゃん。

 

そう思って毎日を生きていきたいと思う。

 

 

昨日の読み聞かせ

 

そういえば、会社の福利厚生で福音館のかがくのともと、こどものともを購読していたのだけど、こどもチャレンジに変えた。

 

新しい絵本に触れる機会がなくなった(こどもちゃれんじで絵本みたいなお話はあるけど)のでこども古本店さんで、児童書と絵本の福袋を買った。

 

送料合わせて50冊ほどが30000円とちょっと。

どんなものが届くかお楽しみ!

船便だから3ヶ月くらいかかるかなぁ。

絵本コーディネーターがいるリサイクル絵本の専門店|こども古本店

愛知県にあるので、一時帰国中に一回行ってみたいな。